指導力とは何か?知識×経験×思いやりの掛け合わせ

雑記

指導とは目的に対して教え導くものですが、文字だけ見ると、なんか偉そうな感じがしませんか?

 

私は指導者として15年の月日を過ごしてきました。

指導とは何か?という問いに人生を注いでいる輩ですが、どうも、指導という言葉が傲慢や怠慢を生んでいるのではないかと思っています。

私が思う指導力とは、知識×経験×思いやり!

子供に指導をする、新入社員に指導する、様々な場面で指導する立場に遭遇するでしょう。

その時、頭の片隅に、「あー、そういえば指導ってこんなこと言ってたなー」と残っていただけるように、指導論についてお話していきます。

※ここでは教えられる側を「生徒」と表現させていただきます。
※あくまで、私個人の考え方となります、参考程度でお願いします。

指導力とは?知識と経験だけじゃない!

 

他人を指導するということは、少なくとも教える側の方に、知識と経験を必要とします。

ただ!知識と経験は、指導者としての最低限のスキルであり、あって当たり前のものです。

最も大事なものは「思いやり」です。

 

指導に関する思いやりとは、その人に合わせた能力・読解力・理解度等に合わせて、最善の方法を提示することだと僕は思っています。

今まで自分の知識を振りかざす指導者たちを腐るほど見てきましたが、決まって一方通行であることが多い!

指導者は生徒と足並みをそろえて導かなければなりません!

 

では、思いやりとは具体的にどういうものか?スポーツのインストラクターとしての僕の視点から、お伝えしていきます。

指導力に必要な3つの思いやり

 

ここでは、知識や経験とは別の「思いやり」について、僕の15年の指導理論として重視している3つをお話しします。

 

■コミュニケーション
■人の特徴に合わせた指導法
■研究・実験・検証

 

教える相手は、自分の言うことを100%解釈してくれる完璧人間ではなく、基本的には知識や方法論を習得したい生徒です。

生徒それぞれに、知識量・理解度・求めるスキル・最終目標等、全然違う人たちとなります。

例えるならば、100メートル走で、走るスピードや走り方・体格や運動の好き嫌い・といった個性がでるようなもの。

全員に同じ教え方をすればよい!という思考になるはずがありません。

生徒それぞれと信頼や足並みを共有し、生徒の目的に導くことが指導者としての役割です。

 

コミュニケーション力

 

コミュニケーションとは、互いの気持ちを共有し話し合うことで通じ合うことです。

決して、自分の知識を自分都合で相手に話すことではありません。

 

相手の性別・環境・話のテンポ・今日の気分・・・様々な視点から相手を見て、言葉を選び、出来るだけ多くの生徒の思いを引き出す!

これが正解だとは思っておりませんが、少なくても歴15年時点での僕の答えです。

 


例えば、目線を合わせないAさんと自分の意見をはっきり言うBさんがいたとします。

Aさんの場合だと
人見知りかもしれない・話すことが得意ではないのかもしれない

Bさんの場合だと
頭ごなしに話されるのは嫌なのかもしれない・建前ではなく本音を話してもらいたいのかもしれない


 

などの「仮説」を立ててから、より良い方向に進むように吟味しながら会話を進めていきます。

この会話から生まれるのは、両者の間にある壁をぶっ壊すこと!ここができて初めて、次なるステップへと進むことができると考えています。

 

人の特徴に合わせた指導法

 

コミュニケーションができてくれば、次はより生徒に合わせた指導方法の選択をするために、特徴を精査することです。

指導をする上で、成果が出るかどうかはここで決まります。

 

僕はスポーツ専門ですので、スポーツ科学の視点からになりますが、人にはそれぞれ4パターンの行動パターン(運動構造)に分類されます。

 


仮にその4パターンを都合上1・2・3・4として、僕が1の運動構造だとしましょう。

先ほどのAさんが「2」である場合、僕の言っている感覚的な指導法は全くと言っていいほど、相手に伝わりません。

逆にBさんが「1」である場合、僕と運動構造が一緒になりますので、感覚的な指導法がドンピシャとなるわけです。


 

生徒それぞれの性格・特徴・目標に合わせて、最適と思われる指導法を伝え、ともに喜びを分かち合い達成感を味わう!

こうした視点を持つことが、指導者には大切だと思います。

 

ただ、今まで話してきたことを実施するためには、知識や経験のほかに指導パターンや引き出しの多さがカギとなってきますので、事項で解説しますね。

 

研究・実験・検証

 

指導者であるためには、常にどうやったら相手に伝えられることができるのかという研究をするべきだと考えます。

その研究はどうなのかを実験し、検証をすることで、指導者としての引き出しを蓄積していくことで、人それぞれにあった指導をすることが可能になります。

 


例えば、100メートル走でスタートがどうしても苦手だった生徒がいたとしましょう。

生徒の特徴は、足が長くて体の大きい体形だとします。

なぜスタートが苦手なのかを研究した後、その生徒になりきるために厚底をはいて10キロの重りを背負って自分で体感することで実験・検証をする

 


 

もしかしたら自己満足の世界かもしれませんが、少なくとも現代の様々な発明は、天才たちの自己満足の結晶でもあります。

こうした積み重ねが、指導者としての器や引き出しの多さを作り、生徒の思考に寄り添う姿勢を作ること=指導力につながると考えます。

 

子供への指導方法

 

僕の経験上、子供は、「大人と一緒に何かをやる」ことが、最も笑顔を見せてくれる時であり、最も技術の向上につながります。

また、子供の思考は非常に柔軟ですので、子供のやろうとしていることを尊重してあげることが大切です。

 

楽しい→興味がわく→自分で何かにトライする→成功体験を作る→楽しくなる

 

というサイクルを作り出してあげることが、指導者としてあるべき姿ではないかと考えます。

 


子供の身長と同じ目線で話す

答えを教えるのではなく、導く

トライしたことを尊重する

なぜできないのかを、一生に話す

一緒に動く

一緒に喜ぶ

etc


やるべきことは山ほどあります。

自分の知識を押し付けて子供の無限の可能性をつぶしてはなりません。

ただ、子供とただ一緒になって行動するだけでは、指導者とはいえませんね。

知識・経験・引き出し等、自分が積み重ねてきたスキルを全力で生徒にぶつけることが、指導者として最も大切なことだと思います。

 

【結論】指導者は生徒から学ぶべきである

 

指導者だから偉い!ではなく、生徒から学び、研究し、生徒に還元し、ともに達成を喜ぶことが、指導者として最も重要な思考だと思います。

自分の知識ばかりに執着し、自分のミスを認めず正当化し、出来なければ生徒のせいにする

 

違いますよ!

 

学びを忘れた時点で指導者ではありません。

 

生徒を目的に導くために、生徒から一生懸命学び行動するからこそ、生徒は信頼をしてくれます。

相手は忠実なしもべではなく、意思がある人間です。

 

生徒のことを考えながら研究に明け暮れて、生徒とコミュニケーションを図りながら進んでいく!こんな指導者に僕は信念を持ち続けていきます。

指導法にお悩みの方に、少しでも参考になれば幸いです。

 

 

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